開催中のアートウエーブ飯伊50人展は何となくいい評判のようで とてもうれしい。個々の作品をリスペクトしながらも 全体としてさわやかな空気感があると言ってくれてるようだ。
さて、昨日の日曜午後は会場で有志によるギャラリートークが行われたが、私には個人ブログを読むようなつまらなさが気になった。私も参加者なので自戒を込めて書くが『こんな料理を食べておいしかった、とかどこどこでバラを嗅いだとか、そんなこと わざわざききたくないよ!』的な印象に終始した。
自分が大作家で 日常のちょっとしたことでもファンは聞きたがっているとでも錯覚したかのような軽いエッセイ風の話なんかしたって 聞きたい人は皆無だと思う。自意識過剰だっての!
じゃあ、何を話すべきなのか?何を話せるの?
たぶん上手い話なんかはできない。理性で絵を描いてるわけじゃあないからな。言葉にしたらつまんない事してんだ、きっとぼくらは。
そんな中 参加者の久保田氏の話は聞けてよかったと思った。彼は商品のパッケージデザインナーとして活躍している70歳(?)。小柄で若々しく朗らかな方だ。和菓子や料亭などの名前の文字デザインを展示していてその制作の裏側を語ってくれた。彼の作る字は商品であるため読めなくてはいけない、個性的でその品物(またはその示すもの)のイメージをより良くアピールしなくてはいけない、そのためその作品の裏には何百枚の試作があり葛藤があるという。そしていいものが出来ても、それが発注者によっていとも簡単に否定されることもあるという。コンペで書家と競ったこともあったそうだ。勝ったときは嬉しかったと語った。こんな苦しみを経てあの味のある字が出来ているのか!と軽いエッセイ風の話の後 複雑な思いに駆られた。パッケージデザインの字は洒落てて味があるが 部屋に飾って鑑賞はしない。一方鑑賞する絵のほうは軽いエッセイのような気持ちで描いていては とても見る人には伝わらないだろう。伝えるべきものにもっともっと向き合わなくてはならない。そしてそれを言葉にも出してみよう。
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