草間彌生について知っているようで 知らないことばかりと、前回の投稿時に気づき 少し勉強しようと思った。まず彼女の幻聴や幻視の方向に注意が行き過ぎていて 大事な彼女のアートについてもっと学ぶべきであったかなと思い始めた。
もちろん 病の苦しみから逃げるごとく色鉛筆を走らせ続けたのは 彼女の独特の画面力ではあるのだが。
ニューヨーク時代について彼女の小説「ニューヨーク’69」を読んでみた。
あの頃のかの地は ポップカルチャー、ジャズ、ブラックパワー、サブカルチャー、ハプニングなどなど まさに現代の文化が咲き乱れたところだ。今の美術は殆どそこが発信源と言っていい。
読み始めてすぐ気が付いた。そう、ベトナム戦争が終焉に向かう時期だ。アメリカの若者は戦争に苦しんでいた時代で、ヘロインとかに救いを求めた。 やがて死がすぐそこにあった時代だったかもしれない。
草間も“心の平安”について宇宙的な広がりの中で自我を調和させ平安を得ようというスタンスで作品をつくっていたが、沸騰した鍋の中のように すべてがカッカ、カッカと進み渦の中であったと思う。
死によってのみ癒されるといった友人の死をテーマした話であった。恥ずかしながら、とつとつとしたインタヴューなどを聞いていた私は 草間がこんなに日本語を操れる人とは思わなかった。恥じ入った次第だ。
どうも、奇抜なちょっといかれたオバサンの発想は どこかの美術メディアにやっかみ半分でつけられた悪いイメージだな。知らないうちにハマっていたようで 改めよう。
私は ジョセフ コーネルというオブジェ作家が好きであったが、草間とそのころ公私ともにパートナーであることを調べているうちに知った。これも草間に対する考え方を変えたひとつかもしれない。繊細な彼とは きっと優しい関係だったのな・・・
ーーー時は流れ いままたアメリカはイスラムとの関係をこじらせている。ロボット兵器が戦争をしているからか 若者の感受性はあの時とは違っていて 出口を捜しているようにも見えない。・・・
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