2012年12月1日土曜日

個展終了

るたんでの個展が無事終了いたしました。おおくの方に概ねよい評価をいただき一息ついているところです。何度か書いた話ですが、見ず知らずの人に私の絵の前で 突然微笑みかけられ一機に旧知の友人のように深い話が出来るのは 個展ならでの喜びです。今回も何人かの方とそんな話が出来たことはたいへん嬉しかった思い出です。また、3年前にそんな出会いをした方から私の発表を待っていましたと言ってもらい これもまた喜び一入でした。
さて、この期間中私は念願の旧友の墓参りをすることが出来、心のおちつきを持てた気になっております。ふしぎ・・・。
彼はペルージア時代の画家志望仲間で 帰国後時々会っては酒をのみイタリアを懐かしんだものでした。10年前深酒がたたったのか、突然この世に別れを告げてしまいました。
お墓は千葉県の成田近くで疎遠を悔いていたのですが、6年ぶりに墓に赤ワインをかけてきました。白っぽい花崗岩の墓が赤いワインで染まるとなんか痛々しく思えて 途中でやめてしまいましたが。私鉄のその駅は両隣の駅が新興住宅地で賑やかなのに対し山がせまっていて 昔の北鎌倉のような風情があります。 この墓参りを嫌ではない理由のひとつかもしれません。心が落ち着ける時間でした。合掌。

2012年11月11日日曜日

画廊るたん

今年の私のメインイベントがいよいよ来週からと迫ってしまった。作品は大きいものが4点、あと中小合わせて5~6点と ブルガリアの若いアーチストの小品数点併設の予定だ。今日辺りに作品に手を入れることはきわめて慎重にしなくてはいけない。何気なく筆を出し全体を壊してしまうことも私にはよくあるのだ。
ともあれ 今回は3.11以降の作品からワントーン転換した自分の制作姿勢をどう理解していただけるか?また私自身がどう思って生きていこうとしてるか?を問う展覧会と考える。・・・
多くの方々に来て見ていただきたいし、言葉をかけてもらいたい。ブルガリアのギオルギ氏からも励ましのメールを昨日いただいた。去年の冬を思い出しながら 頑張ろうと深呼吸をする。

2012年11月4日日曜日

CAF.N

上野の都美術館のリニューアルと六本木の新美術館オープンに伴い団体展の引越しやら 一時ストップやらとここ2~3年は東京の大きな展覧会の腰が落ち着かなかったように見受けられた。私の参加しているCAF.N展も今度埼玉近代美術館が建て替えとなり2年ほど会場が仙台へと移るという。輸送がきついな~・・。
さて、明日は浦和まで旧館最後の展示に出かけなければならない。宅配で済ます作家さんが多いようだがなかなかその勇気はない。自分で運んで自分で梱包を解かないと心配でならない。それに展示作業を皆と分かち合うのもたのしいものなのだ。

2012年10月20日土曜日

Message from Sofia


ヨーロッパの日本人アーティスト

Masahiko Hayashi – the European Japanese Artist

When starting to think on this critical issue for me became more and more clear – Masahiko Hayashi is Japanese as well European artist.
Then I proved both of the possible Formula: Japanese European Artist or European Japanese Artist?!…

My experience as Gallery owner, curator, organizer of exhibitions and projects, and last but not least – as a Collector of Contemporary International Art is spanned in a time of 25 years art activities. Beginning with Contemporary Bulgarian Artists I succeed to gain international attention and nowadays in the projects and exhibitions of Lessedra take part hundreds of artists from all over the world.

In 2001-2002 we had our first cooperation with Japanese artists organizing exhibitions here in Bulgaria as well in Japan with Japan Print Association and my first visit in Japan was in 2003. My contacts have been mainly with Printmakers, but I saw a lot of exhibitions in many cities and galleries.
By my third visit in 2008 in the region of Nagoya/Nagano we went with my friends to a museum where I have been impressed by very European looking paintings large scale. At first sight I thought this is European (may be Italian) artist. The spirit of Arte Povera spout out from the works and I felt it also in the air around us. This was One Man show of Masahiko Hayashi. I have not met the artist, but I left information in the guest book with my admiration for his art.
After 3 years when starting a new project – International Painting and Mixed Media Competition I reminded my Japanese friends about Masahiko with a kind request to invite him to send works. For my good surprise he sent 3 small size paintings according to the regulations 15 x 15 cm. The next surprise for me made the international jury composed by (5) professors and artists from Bulgaria, Israel and Turkey – Masahiko Hayashi won the First Prize, selected among 297 artists from 53 countries!
The Spirit of Arte Povera is reinvigorated in the paintings by Masahiko not only on a different, Japanese way, but on a personal way of thinking when the artist is using also material (earth clay) from the place where he is living. This original style is avoiding that modernity can erase our sense of memory with all signs of the past which we are bringing with us from the childhood during our life.
Masahiko Hayashi is seeking and succeeding to find the contrast between old and new in order to complicate our sense of the effects of the past time.
The Insignificant is coming into being Art.
Physical presence and behavior of the artist is the most significant for the art of Masahiko Hayashi – as a prove for the strength of Art as an act of responsibility!


Georgi Kolev
Owner & Director
Lessedra Gallery & Contemporary Art Projects

Sofia, June 2012

2012年10月14日日曜日

牛の角

このところ勘違いしていた?。自分の中のニヒリズム的なものを仕舞い込んだまま絵に向かっていたような気がしている。・・・
それは非社会的で出し方はとても要注意事項だ。でもしっかりと自分の中にはあることは知っているはず。そこを押さえ込んだままの暮らすのは辛いだろうが出せば出したで周りとの折り合いが難しい。
一番最近では 春の南無の展覧会で そのときは無意識だったが出した気がする。小品をかなり自分勝手に攻撃的にさえ感じられるように作り上げたが 不評だった。見事に一枚も売れなかったのだ。また、来てくれた地元の人々は 柔和な人が多かったからやっぱりあの毒はダメだろう。
それからそこの部分を無意識に仕舞い込んでしまった。
いま 個展を控えて 自分のごまかしが炙り出されているといえる。自分のニヒリズム的なものをもっと見詰めよう。角をとって牛を殺してはならないのだ。

2012年10月8日月曜日

今秋の予定

わたしの秋は農作業やら展覧会やらほんとに多忙な季節で なかなかゆったりとした時を過ごすことができない。というか『~しなければならない』という観念に追われてばかりで気持ちにゆとりが全くないのだ。そのくせそのくせ仕事場のソファーでひっくり返って時を無為に過ごしている。・・・ああ
 今期の展覧会をここに記すことにしました。
1)新耀展  巡回長野展
      10/23(火)~25(木)   ホクト文化ホール1Fギャラリー
2)CAF.N展
      11/6(火)~18(日)   埼玉近代美術館
3)個展
      11/19(月)~24(土)  東京銀座 画廊るたん
 昨日は米の臼挽きが半分終わり 少し気持ちが楽になったのが嬉しかった。絵はなかなか『これでよし』という心境になれないので 農作業の方で開放感を味わった形である。もう一ヶ月間がんばろうではないか!

2012年9月30日日曜日

78年の夏

台風17号接近のニュースのせいか この地区の田んぼは一斉に脱穀作業が始まった。夕方 私は後ろ髪をひかれながら映画館へと向かった。例の『帰らざる日々』を見るために。
30年以上も前に見た映画だからずいぶん印象が変わっていた。キャスティングが豪華だったのにも驚いた。朝丘雪路の飯田弁には感動したはずなのに今回ぜんぜんだった。
 せつなさが何ともいえない青春映画だったが 『八月の濡れた砂』にも共通する荒っぽい感じは 以前は好きだったのに今回少し気になった。時の流れか、私が歳なのか・・・ でもその分インパクトは強いなー。
なにより思ったのは 飯田のパワーの減退だ。私は知らなかったのだが78年に飯田で全面ロケをしたようだ。飯田の夏祭りのようすや当時の高校生たちの感じがとてもエネルギッシュで今は悲し!といわざるを得ない。また今飯田美博館のところにあった長姫高校の旧校舎も出てきて街の変わりように驚かざるを得なかった。映画の後その長姫高校出身の脚本家中岡氏のトークショウで高校が撮影に非協力的であったと冗談交じりに語ったいた。ずいぶん腹が立っていたんだろうな。
私よりも一つ下のこの作者は とても柔和な感じの人で 映画の主人公永島敏行とはイメージがかなり異なっていた。そしてこの原作を書いたころの話はとても繊細で 人の心のありようを大切にする方のようであった。
あの時代を思い出した興奮のひと時であった。