2009年9月1日火曜日

ソマリア



私が、ペルージアにいたころ泰司君という友人がいて毎夜BAR(日本のBARとは違いスターバックスカフェみたいなところで酒も飲めた)に通っていた。さして金が有ったわけでもないので、酒の質も量も知れていたと思う。そこでの彼の親しい友人にソマリア人のアハメッドというのがいた。一般にソマリア人は背が高く手足も長い。気質もやさしくおっとりした感じと思う。その彼はあまり背は高くなかった、といっても、私たちよりやや高かったか。本来回教徒であったと思うが、長い海外の暮らしでアル中のような感じだった。泰司君は『本国ではいいとこの子弟なんだろうになー』と嘆くというわけでもないがいっていた。ある日アハメッドがけんかで怪我をして入院したと聞いて私たちは急いで見舞いに行った。どうもけんかというより巻き添えで突き飛ばされて窓に手をついたらしい。そのガラスが割れて手を怪我したようだ。彼はもつれたような物言いで血がいっぱい出たんだと言った。そして、そばにいた泰司君の横っ腹あたりをさすって肝臓気をつけろとも行った。


それから暫くして かれは長いイタリアの暮らしにピリオドを打って母国に帰っていった。泰司君は『帰ったら軍隊に入るらしいが、きっとやっていけねーだろうな。』というようなことをいっていた。


その後 『もう死んじゃったかもしれないなー』と泰司君が冗談半分にいうのを聞いた。・・・


そしてその泰司君も7年前に肝臓で(アルコールによる)逝ってしまった。二人とも争いごとを好まない
やさしい、寂しがりやの人だった。


ソマリアの惨状のニュースを耳にするたびに、『血がいっぱい出たんだ!』と言ったアハメッドを思い出す。

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