自分の高校時代の不勉強を教育システムのせいにするつもりはないが 今更ながら 中南米の近代史を知らなさすぎることは コンテンポラリーアートを名のる者として まことに恥ずかしいと思っている。
(年始から 堅苦しい話で恐縮ですが このごろの若い人のライトな流れは気になっているので敢て・・)
コンテンポラリーアートは 近代の誇り高い発展思想にケチをつける美術なのだから 対象の近代を知らなさすぎるのもチンピラのいちゃもんみたいで情けない。
もちろん近代が獲得した素晴らしい生活の上に立って 「否、このままでは良いわけないよ。」と敢えて言うわけだから 大人の意見として聞いてもらえるにはそれ相応の知見をもっていなければならない。せめて歴史ぐらいは理解していたい。
一昨年メキシコに行って マヤ文明についてほとんど無知だったことに我ながら驚いたが マヤの血を受けたインディオたちが今もなお近代以前の暮らしをしていたことにショックを受けた。
日本にはウォシュレットもあり バスも電車も時間通りだし ネットの買い物は翌日届く。一方滞在したチアパス州ではトイレの水が流れない(時々は流れる) 銀行は長蛇の列 郵便は郵便局さえどこにあるのかわからない。山岳道路は治安も良くないらしい。
そう思えば近代が獲得してきた便利で安全な日本の”今”は尊いものだ。
チアパスの山間部のインディオたちは スペイン語を話さず地べたの暮らしをしている。村でとれたトウモロコシや果物を廃車寸前の乗り合いトラックに載せて町のメルカートで毎朝売るのだ。彼らに笑い顔はなかった。近代の発展から取り残されたのか・・・
歴史を振り返れば、ヨーロッパの近代は中世の封建秩序から市民層が台頭し資本主義発展させ、新しい秩序を打ち立てた。それは合理的で科学的で今の私たちの暮らしに直結している。だが、そこまでの道のりは流血の歴史でもあった。先頭に立つ欧米は市民革命 独立戦争 統一戦争 そして帝国戦争などなど。日本は明治維新で何とか統一国家を作ったが弱肉強食の帝国競争にまさしく粉砕され その後アメリカ主導の世界で生きていくこととなった。平和は曲がりなりにも七十年余つづき私もそれを享受できている。それがウォシュレットのある暮らしともいえる。
一方 中南米はとても複雑に血を流してきたようだ。ヨーロッパが近代に入ろうとするころスペイン人たちに征服された。メキシコのアステカ文明、中米のマヤ文明、ペルーのインカ帝国 すべて破壊され 奴隷の暮らしに。それから400年もたつとインディオの混血が進んで中南米人としての意識に(最下層のインディオたちは相変わらず被差別的で奴隷のような暮らしであった。)なっていったが 支配層はスペイン人であった。豊かな自然、地下資源は富をもたらすがすべて支配層のものだった。
この辺りからが中南米の近代で混とんとしていてわからないことばかりだ。
豊かな自然の恵みの農業や牧畜、銀や錫などの地下資源、タダ同然のインディオの労働力、それをスペイン系の貴族たちが 次にスペイン系資本家たち その次はメソチーソ(混血の資本家たち) ヨーロッパから民族主義の流れが入ると 民族独立の運動家たち
社会主義者、共産主義者、そこに革命家も軍隊も入り乱れ 混乱状態は収まったようには思えない。敗戦国日本のように アメリカ主導の世界には好んで入る国々は少ないようだ。
さてさて、ながながと書いてきたが、日本の便利社会のなかで私たちは「すべて満足です。なにも望むものはありません」、だなんて決して思ってはいない。南米のウルグアイのムヒカ大統領が数年前に国連で演説したとき、私はとてもうれしかった。便利便利で進んでいけばどこかできっと苦しくなるんだ。それお金が豊かになるということはどこかで貧しくて困る人がいることも事実と思う。
コンテンポラリーアートとはそこのところを大事にしていこうとするアートだと思っている。奇抜でかっこよさだけのアートは飽きるよ。皆さんはどうなんだろう?。
2020年1月16日木曜日
2020年1月6日月曜日
主張のわからない絵なのか?

絵画・平面の未来展に出品する作品をここにアップして その制作の内側を文章にしてみました。自分の制作のおもいがどの程度 見る側の人に伝えることができるかを文の力を借りてみました。
ーーー
主張のわからない絵なのか?
2020年1月 林正彦
~ [ I scratched it !] によせて~
あるところまで描いていくと その先が分からなくなる。
絵は部分的に見るところがいっぱいあるので そこを発展させていくことが時として絵の主題から離れていくことがある。
もちろんそんなこと一向に気にせずに描きこんでいく最近の手法もあるが わたしの今進める絵はそうではない。一つの方向性は必要だ。
オールオーバー的な広がりは求めているが、画面の緊張感はなくてはならない。 一点に中央集中するわけではなく 四角い画面が 緊張を保って縦に横に広がっていってほしいのだ。
さて、ここまで書いて気付くのは 決して私の絵が主張がないわけではないようだ。なかなか一文で言えないのは当然だが “モワーッとした満たされない 分析できないような感じ”を平面に留めたいと思い、 絵をスタートしている。
それを 具体的に「壁を引っ掻いた傷」 として 今回 表現してみた。
まずその発想については、、、是か非か 最大の問題だが、今となっては展覧会で問うこととしよう!
最終段階の今 私は その問いをもう一度逆から省みたとき 自分の加筆の方向がわかるだろうか?
リアルに壁の傷を描写しては 間違ったメッセージになるから 当然違うとは思っている。
日本画家はスケッチの重要さを語るが、(下品な感じになるのか)描写を最終形にはしない。作品化の中で主張にあう取捨選択をするのだ。 方向性は 地べたから上の方(抽象的な世界)へ目指すのである。
私も似た感じであるが 今回壁の質感と引っ掻き傷の様相はある程度必要だと考えている。ただ、そのある程度がどんなものか? 自分の絵であるか否かに関わってくる問いでもあり考えところだ。
タイトルは 「I scratched it!」だが 壁の傷は私が引っ掻いた傷ではないと 今 感じている。その壁ができた頃か その壁がたどった時の中でできた傷かはわからないけれど 傷がなにかを留めていて その何かが私の存在というものに共鳴感を呼び起こすのだ。では傷は私なのか? ・・・わからない。フワーッと消えてしまうような自分を 確かな傷のように 存在させたいのかもしれない。または自分のなかのいくつかの痛みを確かな自分の存在として感じたいのかもしれない。
言葉によって進行形のこの絵を 解析してみたが ここから先は 筆と同じに迷い道になった。
想いと画面が しっくりと重なってくれていればいいのだが 疑問はのこったままだ。
見る方々に 意見をゆだねよう・・・
2019年11月5日火曜日
CAF.N(埼玉近代美術館)展は明日から
まず諏訪インター周辺は楓の深紅が素晴らしい。赤い絵の具の中を走っているようだ。今年はまだちょっと早いようで緑の葉も少し見受けられた。
次は右手にカラ松の森、金色の森は無限に広がるようだ。
八ヶ岳の量感を左手に感じ進むめば、今度は甲斐駒の山塊がドーンと広がる。全山紅葉である。昔読んだ坂口安吾に「汽車が通り過ぎるとそこには全山燃えるような紅葉であった・・」というような文・・?。なぜか思い出す。文学の秋は門外漢。
薄紫がかったオレンジ山肌がもくもくと頂上のほうに続いている。気が付けば前方中央には逆光の富士が登場。あっぱれ!
この辺りは縄文の文化が栄えた地域だ。この自然の豊かさを思えば、至極当然ともいえよう。
悦に浸っていたら 事故渋滞に巻き込まれてしまった。そうだ、今日は三連休最終日であった。2時間遅れで美術館に到着し、なんとか搬入を終えた。
2019年10月28日月曜日
芽楽(ギャラリー)での個展
名古屋市名東区にあるギャラリー芽楽での個展が昨日で終了しました。とても柔和なオーナーのもとでの展覧会は心落ち着ける展覧会でした。ただ、期間中台風19号襲来による全国的豪雨被害の影響を受け初日のレセプションやチェロコンサートの中止となってしまいました。またその後も20号台風の猛威にさらされてしまい、ゆったりと絵を鑑賞する”秋”ではなかったようで、人の入りは芳しくありませんでした。
ラグビーワールドカップもこの時期予想外に盛り上がり 絵どころではなかったかもしれません。実は私自身もにわかファンで、しかも画廊オーナーの池田氏はYAMAHAラグビー部第一期生、 なかなかなプロの目を(芸術以外にも)お持ちなのです。ちょっとしたときに聞くラグビーの話はうんちくがあり、いろいろ聞かずにはいられませんでした。(特に日本代表がベスト8に勝ち進んだ日や、惜しくも次で負けてしまった日の昼間は試合前なので 私はなんともそわそわ感がたまりませんでした。「仕事ですからきちっとしましょう」といいながら・・・)
そして 初日のチェロ演奏ができなかったので途中で急遽演奏をしてくれた生田さん、ありがとうございました。突然チェロをもって来場し、私たち(オーナーと奥さん)3人だけのためにバッハを弾いてくださいました。王侯貴族にでもなった気分でした。
私の絵の土(中村ブラウン)の絵肌と チェロの持つ複雑で体まで共鳴するようなあの音色は とてもいい関係だと 思うのです。
2019年10月7日月曜日
10年分のブログを久々に・・
ほぼ1年ブログをご無沙汰していました。Facebookの手軽さと見てくれるお友達の反応でそちらに気持ちが行っていましたが、久々に自分のブログを開いてみて やはりそれなりに物事を考えて書いていたと気づき こちらもちょっとづつ続ける気持ちです。
久々にここを開くきっかけは ある展覧会に自分のプロフィールを提出しなくてはならなくなりましたが ちょっと前のことも記憶があいまいで なかなか書けなかったのです。
過去を振り返るのも少し鬱陶しいと思って自分のブログを改めて読むことなど嫌っていたのですが まあ仕方なくページを振り返ってみれば それなりに考えて書いていて 我ながらこれに意味を感じ取ったのでありますよ!(Facebookでは深まらない何かがあるかな・・)
2009年から書いていたのですが 書いている内容は 当時地元飯田での美術界の権威主義に対し何とかしたいということが多かったですね。その後「現代の創造展」(飯田市美術博物館と美術団体、美術家の会の共催)にコンテンポラリー部門ができて知らぬ間に抵抗勢力(?)がいなくなってしまった。そして若い人たちはそんなことがあったなんて感じることもなく なにやら独特な作品を発表しだした。・・これも年を取ったということか。
それから 時々気にしていたのが 原発問題だ。深い考察があるわけでもないが、私たちが育ってきた時代と時を同じくして 原子力発電は展開されていった。一時は電気の必要性に怖いけど 無暗に反対するのもどうかなーと思うこともあった。(バブルのころか・・)しかし福島であんな惨事が起こり 多くの人の故郷が消失した。やはり無理なんだと思った。廃棄物だって行き場がないではないか。なるべくはやくなくすべきと考えるようになった。そうしたら今度は関西電力の不祥事だ!一番慎重に考えたいときに 金で事を進めていってしまう。そして合意なきgo! である。誰がその後を責任取るのか?どこか第二次大戦突入に似てはしないだろうか?
僕たちの世代は原子力と並走しているのだ。考えないわけにはいかない。
故郷とは母と同意語なところがある。「お前がどうあれ 私はおまえを信じるよ」といった響きだ。それをいつの間にか奪い 責任者が責任を取らないなんて ・・・否。
長々と書き始めましたが、本日はここまで。
2019年4月1日月曜日
抽象と具象
ひょんなことからパソコンのデータを消失してしまって、しばらくこのページに戻ってこられませんでした。
もうブログもいいかとも考えたのですが、やっぱり たまには文書で頭の中を整理したくなっても来るので・・

2月に赤津侃氏企画の「個の屹立展」9thに続いて4月の10thにもご依頼をいただいたので 春の華やかなところに行きたくなり 本日作品を梱包した。
今回は抽象性がやや希薄な作品になった。なんかこの頃 抽象的な世界に入っていくも
どうも進展がそこからないのだ!もしくは深まりがない!もっと端的にいうと“飽き”・・?といった不満感が漂うのかな。
〈写真左は第9回展の「筋」で右は第10回展の「崖と静物」少しばかり具象性に近づけた作品です。〉
絵は ある意味スイッチを入れてみないと 見えるものが見えてこない。そのスイッチは自分の意識がコントロールしているはずだが 見ると同時にスイッチの入る絵がある、それは感動的な他人の絵に出合った時だったりする。自分の絵ではしばらくぶりに見るときくらいしか起きないかな。
マークロスコを見ると時間を忘れる、しかし全然とっかかりなくスルーしてしまう作家もある。その差には作品の質(クオリティ)の問題もあるが見る側の好みや鑑賞のこころ具合も大きい。
たとえば龍安寺の石庭に宇宙を感じるには 心の余裕と自由な発想のあそびがいる。ところがトイレに行きたかったり 周りがうるさかったり かえりの旅が心配だったりすれば宇宙どころじゃあない。見えるものも見えてこないだろう。
どうも いま(自分だけの問題なのか)ひろがりのある宇宙を感じにくい。
卑近な現実に興味があって 未来とか宇宙とか形而上の想像力が貧弱になっているのだろうか・・・
もうブログもいいかとも考えたのですが、やっぱり たまには文書で頭の中を整理したくなっても来るので・・


2月に赤津侃氏企画の「個の屹立展」9thに続いて4月の10thにもご依頼をいただいたので 春の華やかなところに行きたくなり 本日作品を梱包した。
今回は抽象性がやや希薄な作品になった。なんかこの頃 抽象的な世界に入っていくも
どうも進展がそこからないのだ!もしくは深まりがない!もっと端的にいうと“飽き”・・?といった不満感が漂うのかな。
〈写真左は第9回展の「筋」で右は第10回展の「崖と静物」少しばかり具象性に近づけた作品です。〉
絵は ある意味スイッチを入れてみないと 見えるものが見えてこない。そのスイッチは自分の意識がコントロールしているはずだが 見ると同時にスイッチの入る絵がある、それは感動的な他人の絵に出合った時だったりする。自分の絵ではしばらくぶりに見るときくらいしか起きないかな。
マークロスコを見ると時間を忘れる、しかし全然とっかかりなくスルーしてしまう作家もある。その差には作品の質(クオリティ)の問題もあるが見る側の好みや鑑賞のこころ具合も大きい。
たとえば龍安寺の石庭に宇宙を感じるには 心の余裕と自由な発想のあそびがいる。ところがトイレに行きたかったり 周りがうるさかったり かえりの旅が心配だったりすれば宇宙どころじゃあない。見えるものも見えてこないだろう。
どうも いま(自分だけの問題なのか)ひろがりのある宇宙を感じにくい。
卑近な現実に興味があって 未来とか宇宙とか形而上の想像力が貧弱になっているのだろうか・・・
2018年12月21日金曜日
1か月のメキシコ滞在
学校もすべての子供が行っているわけではないようだ。断絶には文化的壁だけでなく貧困問題もあるのだろう。
人々の立つ位置が、ルーツから本当にさまざまで、日本育ちの私には「一つの国として まとまっていけるのだろうか?」と思ってしまう。”多様性”という言葉を日本ではこの頃よく聞くが この国では あまりに底知れぬ多様性に 他を理解しようだなんて考える余裕なんてないのかもしれない。
ただ、ヨーロッパ系の上流社会がここでは生きていて 問題を乗り越えようと手を差し伸べてもいる。私が花藤氏に連れられて行ったチャリティーディナーはとても華やかで盛大(500人ほどの紳士淑女)、数千万円の寄付を一夜で集めたようだ!
花藤氏の先住民をテーマにした絵が大いに人気なのは前の項でも書いた。余談だが私の絵もこの夜買い手がついて、展覧会にメキシコに来た甲斐があったとささやかに祝った。
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