2012年7月1日日曜日

犬塚邸

飯田市の歴史研が中心になって保存と利用に取り組んでいるそうで 先日築200年の町家『犬塚邸』の見学に誘われた。展覧会の空間にどうだろうというのである。
おもしろい空間ではあるが、いったいどんなことが出来るんだろう。これを相当きれいに磨きこんで現代感覚でリホームすれば 洒落た住空間になるかもしれない。手間も金もかなり要るだろう。
それを中途半端な掃除と思いつきの展覧会では人は来てくれないと思う。 やっぱり人をびっくりさせる空間が作り出せなくては・・・明るさ 昔の人の空間の仕切り方のおもしろさ 手の入った感じ(埃っぽい空き家な感じがないこと)はやっぱり必要最低条件ではないだろうか。 ( むー金がかかってしまうな。)ーーここまで書いて改めてエネルギーについて考え込んでしまった。この家に住んでいた商家はほんのちょっとの電球が明るさの源だったかなー。壁の煤の感じを見ると暖はかまどかいろりだったかもしれない。現代の生活のダイナミズムから考えるとつつましい限りである。あれだけ反対の気運が盛り上がった原発だがあの大飯原発が再始動したようだ。もっと明るくと言いながら足元ではとんでもないものに頼らざるをえないなんて、また無口になってしまう。

2012年6月23日土曜日

展覧会

飯田市の美術博物館で毎年3月おこなわれる現代の創造展については何度か書いてきた。いろいろな考え方生き方の中で発表される作品なので否であろうはずがない。だが、今を生きている人間に何かを語りかけているだろうか?何か新鮮なうったえかけがあるだろうか?感覚の世界なので理論的には進められない話だが私にはそれを意識している作品は少ないと思う。アートはそこが大事なのに。水戸黄門の印籠のような予定調和の作品が多すぎるのではないだろうか。飯田人のリスクを回避する保守性を感じて少し苛立つ思い・・・
さて そんな思いをいだきながら何人かの来年度出品予定者と展示場所を見てまわる。美博のロビーは柱が多くて空間感が限定されている。うまく遊べると楽しくなるのだが、やたら限定的な展示を要求する管理者たちや鑑賞者がいて嫌になってしまう。まあアートはそこのせめぎ合いも表現の一部でもあるのだが。
無理解な人たち90パーセントでも3パーセントの共感者があればそれは『良し』だ。
だが 公共の展覧会としては批判は受けるかもしれない。
弱気になってはいけないぞ!みなみなさま。

写真はこの時期東京の有楽町の交通会館で開催中の新耀展です。そんなにガツガツした作品がなくて私は好きで毎年参加している。比較的年齢層が現代の創造展に似ているが、やはり少しおしゃれかな 作品が・・。

2012年6月9日土曜日

風景のなかに身を置く

上田の夢の庭画廊にここ飯田から行くには岡谷のインターから和田峠を越えていくのが(正確には和田トンネルを潜って行くのだが)一番早い。先月はちょうど若葉の萌える季節だったから何とも美しい景色を車の窓越しに堪能した。なんと無限の緑色なんだろう!長和町辺りの谷は旧中山道で長い時間さえそこには見える。もっともっと味わいたかった。写真を撮ってその感動を固定したい(留めたい)と思ったが撮った写真は何とも違っていて不満だった。ゆっくり写生でもしてみたいと思った。そんな時東山魁夷的な日本画の抒情感も同感できた。静で崇高な気分にもなる。
一般の人々が風景画を好むのも納得する。とても素直な気持ちだ。
以前友人に『なぜ風景画を描かないの?』と聞かれたことがある。・・・む・・ 未だに的確に答えられない。写真に撮っても風景の中にあの感動が封じ込めれないという無念感が絵を描いてもあるのかもしれない。あの感動はその時期の自然の中に入って行ってこそ得られるものとなかば諦めている。

そして 微かに思っているのは 自然に対する感動は崇高で 自分の暮らしや生き方を問題にすることが嫌になってしまう。逆に言えば 自分の生きる次元での問題意識をテーマにして絵を描いている自分にはあまりに飛躍しすぎて 自然を描くことはそれこそ絵空事に思えてしまうのかもしれない。
なぜなら自然が美しいのは だれもが認めることだから。

2012年5月27日日曜日

なんとなくのコンサバティブは・・

現代の創造展という地元の展覧会の実行委員会があり 一苦労があった。実はこの冬くらいから何とか新しい風を吹き込みたいと有志で画策してきたのだ。前にも書いたがこの展覧会は飯田 下伊那の活躍作家たちの作品を一同に展示しようというもので、日本画、洋画、彫刻、工芸、書のジャンルがある。もう13回にもなるから様々なコレステロールが付いてなんとも魅力が失せた感がある。
一部の作家たちはもうこの展覧会に期待することはない、と見放している。その原因の一つに発表作家の固定化がある。この展覧会に多くの作家を選出しているいくつかの美術会も責任があると私たちは考えている。自分たち以外の価値基準がある事をもっと感じてほしいのだ。とにかく自分の会の作家を満遍なく出させようと考えているのだから ・・
そこで、今時 『洋画』だなんて括られたくもないから 新ジャンルを提案してもっと独立した形で自由に作品本位で展示できる場を作りたいと考えたのだ。
なかなかこの辺りを理解してもらうのは難儀であった。マンネリ感すら感じていない実行委員が多いし 9割は○○会の代表で委員になっているのだ。組織に入ってなければ存在さえない感だ。日本の組織の仕組みの一端だとつくづく感じてしまう。
何人かの心ある作家の意見が出て会場の保守的雰囲気は和らぎ とうとう新ジャンル創立は可決された。ほっとした、というよりどっと疲れた。来年は5人程度の規模でトライアル的位置づけであったがまずは第一歩と考えよう。
彫刻の山内氏 書家の石原氏、染色の大蔵氏本当にご健闘ご苦労様でした。後は作品だ!

2012年5月21日月曜日

日食

朝 上田の夢の庭画廊の小澤宅で目が覚めた。夕べは小澤氏と個展の打ち上げのような宴があったのだ。トスカーナのワインにイタリア料理となんとも豊かな時を過ごすことができた。今回の個展の感想も伺えた。それはやや辛口の味であった。
すこしアルコールが残っている頭でこれからの自分の絵の方向を考えながら ゲストルームから庭に出てみた。
そうだ、金環日食の朝なんだ!画廊の壁にはこんもり茂ったバラのツルの木漏れ日がふしぎに映っていた。

2012年5月13日日曜日

田植え

鏡のように田んぼが輝くこの時期、光に誘われて野に出る。田植えシーズンだ。この頃は農機具がよくなっているので私の家ではほとんど一日で田植えを終えることが出来るようになった。
夕方に植えたばかりの小さな苗がが風にそよいでいるのを見ると何とも愛おしく感じてしまう。
自然の中に抱かれて心の静けさを感じる一時かもしれない。

2012年5月5日土曜日

エキジビションブルー

5月はほんとに気持ちのよい風がふく。誘われて実家からギャラリー南無まで歩いてみた。一升瓶を抱えての歩きなのでちょっと一昔前の風情かもしれない。今日は夕方ご苦労さん会があるのだ。地元の方々がいろいろなイベントを企画して楽しい日になる筈だが・・田植えの準備が進む田んぼを眺め 新緑の山々を見渡し、歩く 歩く。陽の当たった道に紐のようなものが見えた。近づくとそれはシマヘビだった。生きてはいそうだがあまり動かない。風がまだつめたいのかなーと思いつつ道の別の脇を通り過ぎる。小一時間でギャラリーに到着、私はそこではエキジビションブルーになる。他の3人の作品がよく売れ私だけが取り残された感じだからだ。まー受け止めるしかない。受け止めよう!もう一度爽やかな風に当たろう。私の顔はたぶんさっきのシマヘビのように硬直していたはずだ。