2014年7月20日日曜日

タピエス ブッリ そして・・

私の好きな作家は この二人だ。イタリアのペールージア近くの町出身のブッリはイタリア時代ぜひ訪ねて 会いたいと願ったほどの画家だったが、その時代にはもう完全な有名人で絶対に人には会わない作家となっていた。タピエスはやはり同じころパリを旅行した時にポンピドウセンターで展覧会をやっていて大作をいっぱい見た。感動のひと時であった。私の人生の中でもきっと最大級の出会いであったと思う。
それから やはり好きなのはドイツのキーファー、日本の宮崎進。だが、この二人を知ったのは実はこの頃なのだ。キーファーの名前も記憶してなかったが10年くらい前軽井沢のセゾン美術館で見ていて、去年ギャラリー風蘭の個展の来場者に『キーファー お好きですか?』と聞かれた。『誰ですか』と問うとスマホで画像を検索してくれた。そうか、10年も前軽井沢でいい作品だと思っていたのはこの作家だったのか。機会があればもっと見てみたいと思っていたら先日新聞に展覧会の紹介があった。北海道の美術館、遠い!
宮崎進さん、 この方の名前は東京で個展をするたびに『宮崎進に似ている』と言われ ちょっと複雑な思いだった。二番煎じ的に言われてしまうのだが実は全くその作家を知らなかった。あまり調べたくもなかったが、きっと今度の個展でも言われそうだからネット検索をしてみた。
これも驚きました。なんといい作家ではないですか。しかも先月まで葉山(神奈川)にて大個展をやっていた!ドンゴロスを使って迫力のある作品をいっぱい作っている。好きになってしまった。ただ、自分との違いは内容だ。彼のテーマはシベリア。平和な時代の私の作品とは全く別物だと思う。
ただ共通するものは 具象性からくる嘘を否定して 素材の持つうわべではない素の存在感を借りて もっと人間の深いところの何かを表そうとしているところではないだろうか。それは決して二番煎じではなく 平和な時代だからこそ私は煮詰めたいのだ。

2014年7月10日木曜日

合成写真考

今度の個展に出品予定の作品を見ながら考えながら 茶室のイメージをひろげてみた。 

うーん、一般の茶道の道の方にはいささか違和感があるかな。
心にうったえかける空間って 日常にはあまりない気がする。日常生活の中で自分と向き合ったり 落ち着いて一息ついたりは とても大事だとは思うが 気が付くとそんな時間はなかなか取れないし、もうあたかも無駄な時間のように 日常から消えようとしている。
若いころは音楽を聴いたり ぼーっと景色を眺めたりしたのになー。
かつて 中村壁を研究しているとき 左官の勝野さんが茶室について教えてくれた。利休は客人をもてなすために近くにあった竹を編んで 畑の土で簡単に壁を作って茶をたてたと。
途端に70年イタリアの現代美術のムーブメント”アルテ・ポーベラ”に通じる感覚を持った私は 茶道に興味がでた。
とは言っても その後 着飾った女性たちが集うお茶会には一度として出たことはない。言うまでもない。
自分が土を使って描く絵と その精神空間に何か シンクロするものはないだろうか。
予定調和の世界とは異なるこの空間は 人の心に何を起こすのだろうか。ザラついた心が 和の世界に浮き上がる。・・・・
日常に ふと足を止める 瞬間を作り出すことはできるだろうか。そんな場を探している。

2014年7月6日日曜日

ついに4強

サッカー好きなので、展覧会前のこの時期に到って 実に落ち着かない。日本代表が腰砕け的に退いたこともあって 案外クールにテレビを見られるが。ブラジルは地元の強さを出しているし、ドイツは地味に勝って実力を見せている。オランダはどいつこいつも強い選手ばかりだし、アルゼンチンのメッシは決める時はしっかりきめてくる。日本代表の実力なのか 精神力なのかずいぶん差がある感じだ。
さて、このところのヨーロッパの選手たちは移民の2世3世選手がかなり増えた感じだ。イギリス、フランスはかなり前からいたが、ベルギー、イタリア、スイスにはアフリカ、東欧、中東勢が増えた。そして強くなった。
確か私がいたころのヨーロッパ(30年も前)は経済が行き詰っていて失業した若者たちは麻薬に走って悲しい状況があった。そして近隣の中東、北アフリカ、東欧から 入国者(たぶん不法)が絶えなかった。その後ヨーロッパはユーロとして経済的に大きく姿を変え 移民を受け入れることになった。
あの頃 知り合いのイタリア人の女性はモロッコ人と一緒になり ベルギーに行って家族を作った。今はどう暮らしているか全く知らないが、その子供たちが きっとベルギーサッカーの選手層を厚くしているんだろう。そしてきっと経済も、社会も活気が出たに違いない。
閉塞感に満ちたこの日本も 近隣国からの移民を受け入れてダイナミックな社会を築く覚悟をもたないと詰まらぬ民族主義に囚われてしまう。
あの頃 ペルージアの仲間だった松山修平氏はそのままヨーロッパにとどまり そして結婚し、 今やアーチストとして活躍している。この30年 ある意味移民者として苦労が多かったろうと想像する。そうやってひとりひとりの血の出るような苦労の上に国が活力を取り戻していくのかと思うと感慨深い。
ヨーロッパのサッカーは果たして勝ち残れるだろうか。

2014年7月4日金曜日

銀座(東京)で個展をします



評論家の赤津侃氏の企画「第7回『時代の目』シリーズvol.4林正彦展」を
東京銀座のギャルリー志門で
今月末7・28日月曜日から8月2日土曜日まで
開催することになりました。
ギャルリー志門は6丁目で3年前に個展をやったルタンと同じビルの4階です。
暑い時期 夏休み と人出が少ない時期なので心配ですが、ぜひとも皆さんに見ていただきたいと開催を決めました。私にとりましてはちょっとした決意です。
と、言いますのはお金のかかる銀座での個展は もうぼつぼつこれを最後にして ほかの発表の方法を考えていきたいと考え出したから・・・・
先日若い日本画家から「林さんの今のスタイルはどこから来たのですか?」と聞かれた。私はとうとうと二十歳頃の想い=芸大受験のころアカデミック美術の閉塞状況の苦悩と60年代アメリカのアートに解放された喜びのこと、を語った。でも最後のほうは若い画家はあまり聞いてない感じであった。少し悲しかった。同じ画家でも見ているところが違うのかと。
でも、数年ほど前に 全く偶然私の個展を田舎の美術館で見たブルガリア・レッセドラ画廊のギオルギ氏は一度もあったこともないのに私の絵の中にその頃の解放を求めての意思を感じてくれた。私はそんな形での出会いを模索している。多くの絵の愛好者 作家たちが交錯する銀座で
どうしてそんな尊い出会いがあまり成就しないのだろうか?それともわたしがその事実を拾い上げれてないのだろうか?
いずれにしろ銀座での発表は経済的に大きな負担で 貧乏作家には荷が重い。赤津評論家には感謝 感謝。

2014年6月27日金曜日

中村壁その後

もう8年も前になるのかと感慨深かった。自分が考えている絵は土の素材感がどうしても必要だと考えていた。それが人間にとってリアリティのある絵と思っているからだ。イタリアの学校から帰ってしばらくして 地元を散歩中にこの赤土を見つけた。松の茂った森の中で露出している土が雨上がりのせいもあってとても赤かった。
「この土でやってみよう」と思って以来30年ほど私の絵の素材となっている。
何度か地元での個展で「中村壁の色ですね」と言われたが中村壁とは何なのかわからず時が過ぎていった。いまから思えば もうその時に元左官の勝野氏や現役の山田さんとは個展で知り合いになっていたから不思議だ。
そして8年前 南信州新聞社の村澤氏が≪中村壁とは何か≫研究しようと提案してくれのだ。それから数か月間 休みの度に勝野氏、村澤氏 そして私とで中村壁はどこにあるのかと下伊那じゅうを探し回ったのだ。その間のことは村澤氏著の「中村壁」に詳しい。
さて、今日の南信州新聞に村澤氏が中村壁のその後について久々に書いていた。それが上の記事。
そうか、着々とあの土のファンが増えてきているのか!
幻だった中村壁の復活が果たされようとしているとしたら そんなにうれしいことはない。

2014年6月22日日曜日

バルディス展を見る

バルディスは近いようで不思議な作家だと思う。日本人が当時憧れていた20世紀初頭にパリで生まれ(しかも芸術家の家族に)ほとんどすべての芸術の潮流を身近に感じて育ったのに、それらの主張には無関心のようだった。ポーズした少女の具象画がずーっと変化しない。確かにその演劇的ポーズはややメタフィジカ(形而上的絵画)的ではあるが運動には参加していない。
美術史が傍らでまさしく音を立てて展開しているのに彼は淡々としている。熱く芸術を語るのではなく冷めた感じて暮らしている。確かにヨーロッパは激動の時代だった。
そして50年代になると何か落ち着いた大人の感慨を表現し始めた。たとえばジャコメッティのように。そこに繋がる流れがバルディスにの作品群にはあり、深いところで現代美術を消化しているようだ。だから、ペラペラな作品がなく無理がない。

2014年5月21日水曜日

五月雑記

南無の3人展の後 あわただしく五月が過ぎていく。毎年のことではあるけどなかなか忙しい。
1)個展をもう一度。: 創造館のロビーが空いている週があるから展示してみたらと声をかけて頂いたので小作品数点をかざったみた。「なかなかいいじゃない!」と言ってくれる人にであえるのはほんとにうれしい。
「こういう絵をなんというんですか?」とも聞かれた。油絵教室の生徒さんらしかったが、50歳代の方か?・・・もっといろいろな作品をみていろいろ感じてほしいものだ。唯々目の前の先生の言うことをきくだけじゃなくて。
2)お田植え。: この時期 爽やかな風に誘われて外に出ればどこの田んぼもお田植え風景だ。とても和やかな気持ちになる。そしていつも思い出すのはアンブロジオ ロレンゼッティの「よき政治」というフレスコ画・・ シエナの街では娘たちが歌に合わせて優雅に踊り 遠くの畑ではで農民たちがせっせと働く。 娘こそここにはいないが 人々が働く幸せはここにもある。
昨年 近くの農家の主人がこの時期 病気で倒れ 急きょその家の田も私が植えた。幸い回復したが体力が心もとないのか 今年もお願いしたいとのことであった。私のような百姓仕事の素人に!
忙しくもあったが 実は私はうれしかった。何故なら絵なんか描いてる道楽もんの私でも実社会で頼ってもらえるのだから。
3)バラが咲く。: 昨年気まぐれで植えたバラが大きく育ち とうとう花をつけた。確か70㎝位の苗をインターネットで2株買って植えたのだが、それがもううっそうとなるほど弦を伸ばしつぼみをいっぱいつけたのだ。いやいやなんとも親にでもなったような気持ちと言おうか・・・
もう少しすれば花に囲まれた暮らしだ、ヨ。