2016年11月13日日曜日

築300年の上松邸(飯田市下瀬)

私の地元に上松邸という庄屋様の館がある。確か遠い記憶で小学校の1年下にそこの娘がいたような気がしたが 3年ほど前偶然 ある会で出会い時の流れを感じあった。長くフランスに行っていたが この頃はその屋敷に戻っているとのこと。そしてオープンギャラリーのようなものを始めたいと言っていた。
実行力と人柄なのか 昨日から そのギャラリーがオープンした。私も2点ほど展示していて、他に今村由男氏、山内孝一氏、上林泰平君、宮井啓江さん、それにもたいえみさんがサックス奏者の森田修史氏とともにパフォーマンスをするそうである。
やはり築300年という空間が 私たちの作品に大きな深みを与えてくれる。
ぜひともお出かけください。12月4日まで。

2016年11月12日土曜日

浜松、ギャラリー風蘭

今月29日から12月8日まで、浜松市のギャラリー風蘭で 個展を開催いたします。

2016年11月5日土曜日

交流展に積極的になる・・・

一昨年秋に 日本・チアパス芸術交流委員会という組織を現地メキシコの美術家Akio Hanafujiの協力を得て発足させ、十余人の日本人アーティストたちがチアパスという州で展覧会を開催した。私も当初メーンバーに入れていただいていたので行く気満々であった。しかしながら諸事情で叶わず作品のみが海を渡った。昨年何度かその渡航組に会ったが熱が違ってしまいその後会合さえも遠ざかってしまった。
今回韓国の韓中日美術交流展を楽しく経験して 「せっかくみんなが努力して交流の道を開いてくれているのに自ら消極的になるなんて どういう事!」 と深く反省した。
それで、メキシコの方の団体の裏方仕事をします、と執行部に言ったところ直ぐにいくつかの申請書類の制作を言い使った。・・・
来年はメキシコ・チアパスの画家たち(世話になったAkio Hanafujiを含めた)を日本に招きメキシコ・日本合同の展覧会をやるのである。執行部の人たちはなんて積極的なんだろう!
確かに 韓国交流展の帰り道 あー今回のような交流展を日本でも熱くやりたいなーと思ったが・・・「招待するお金は?」「受け入れる大勢は?」「例えば飯田市でできるのかなー」とか思っているうちに夢は萎んでしまった。
でもやり方はどうも全くないではないようなのだ。いくつかの文化財団に助成を申請したり、公共の文化団体に協力を求めるのである。・・・うーん、まあこれも自分一人ではできないよなー。執行部の後についてちょっとだけ頑張るしかないようだ。
一方こちらの写真は韓国交流展、こっちはおいら一人か・・・

2016年10月25日火曜日

韓中日美術交流展に参加

毎年有楽町で開催されている展覧会の関係者に推薦をいただき 首記の展覧会に参加してきました。場所は韓国の珍島というところで今月21日から27日まで開催されています。
私にとり韓国は初めてのお国、いったいどんなところなんだろうと急に気持ちがざわめいていった。
ネットで調べても あまりいいことが書かれてないページが多い・・・。とにかく行ってみよう、百聞は一見に如かず。
珍島はインチョン空港からバスで6時間 なんとも長旅である。というのも飯田市を朝4時半に出て、成田 インチョン そして珍島 着いたのは深夜1時近かった。珍島とは朝鮮半島の南西の端にある島で3~4万の人口の郡である。悲しい話だか昨年セオル号の沈没で多く亡くなった高校生が修学旅行で向かっていた島と言えばピンとくる方もあるだろうか。ほかには豊臣秀吉の朝鮮出兵に登場する海戦の島。
着いたその日からこの展覧会の企画者たちに(珍島郡 珍島芸総)温かく迎えていただいた。全くハングルは読めもしないし話もできない私たちに空港までバスで迎えに来ていただいたのだ。そのバスには札幌から来た作家たち数名と中国の作家たちも一緒だった。途中で食堂により 皆で韓国飯をいただいた。初めて味わう料理でどう食べていいのかさえまごつくありさまだ。でも魚を皆でつつく間になんか和らいだ雰囲気になっていったのはとてもありがたかった。

翌日会場で展示を行い、夜は前夜祭の宴であった。中国、韓国、の人々に交じって沖縄の方々もいた。話を聞けばあす、『死に関わる舞踏』というテーマで モンゴル、満州、珍島、沖縄ラインの民族の葬式に関するの舞踊のステージが用意されているのだそうだ。
この壮大な文化行事に驚くしかなかった。こんな小さな郡が国際交流展を開催し 同時に死生観をテーマに国際ステージを開催するなんて!

夜キムチ鍋を前に私たちは言葉も通じない中国や韓国の作家たちとただただ目を見つめあい 肩を組み、乾杯を繰りかえしたのだった。
そしてとてもいい満足感を味わった。韓国の人たちの心のこもったお・も・て・な・しに感謝しながら 日本のネットの状況は違うなと思った。


2016年10月10日月曜日

鯖寿司祭(伊豆木八幡宮)

私の生まれた飯田市伊豆木には秋鯖の寿司を鎮守の神様に奉納するお祭りが昔からある。若いころは故郷のことなど関係ないとか思ったりもしたが 中年を過ぎたころからはその考えも大いに変わってきた。赤土に出合ったころからであろうか,わたしの挫折も大いに関係するか、ともあれ尊い流れの中にいるような気がしている。
その祭りに氏子の総代として去年 今年と2年お手伝いをしている。写真はその祭りで 奉納した鯖寿司を取り分けて直会で頂こうとするところである。
この山中の里でなぜ鯖なのか?とお思いになろうが、なんと300年あまり続く伝統なのである。小笠原屋敷がここ伊豆木にはあるのだが、そこのお殿様が京都より伝え 郷土の行事食となったそうである。秋祭りのこの日、伊豆木の夕食はどこも鯖寿司を作り近隣の親せきに配り そして大いに食するのである。・・・眉唾系の話と思うが 昔はこの時期愛知県の岡崎の浜では鯖の値段が跳ね上がったそうだ・・・。
我が家の年老いた母も3匹の鯖をチラシ寿司にして叔父たちに配って回ったようだ。(水を差すようだが、我妻と、娘は青魚アレルギーのため決して口にはしない・・まあそれも伝統の中であろう。)
この直会には 県の無形民俗文化財ということでテレビや新聞の取材の方々が来てくた。素朴な氏子総代の私たちは妙にハイテンションになり 寿司よりお酒が大いに弾んでしまった。

2016年9月28日水曜日

金木犀

我が家にある木犀の木から 久々に秋らしい香りがしてきた。 ここ2年ほど 大きくなりすぎていたこの木を私はバシバシと剪定していたので 弱ってしまいろくに花をつけることができなかったのだ。可哀想だなと思いつつも自分の勝手を通してきた。が ここにきて実は ほっとしている。いい香りだ。
その話を高校生の娘にするとキンモクセイッテ?ときた。木犀をやっと説明すると トイレの芳香剤の匂いね、という。アプローチに情緒もへちまもない。
わたしはある話を思い出していた。
友人が 息子が飼い始めた子犬を散歩に連れて行った日のことだ。ゆったりとした気持ちで歩を進めていくと とある街角で突然車が出てきて子犬とぶつかってしまった。どのくらいの事故であったのか私はよく知らないが 子犬はキャンキャンとものすごい声をあげ 彼の胸元に飛び込んできたのだ。・・・
以来彼の犬への溺愛ぶりは相当なもので、もう息子の犬ではないようだ。
私も木犀をあまり邪険にしないようにしたい。

2016年9月22日木曜日

赤土講座のプチ作品展

今日昼から飯田創造館のロビーで1週間 赤土講座のプチ展覧会をオープンしました。
額に自分の作品が入って壁に掲げられると みんな「おー!」と自分の作品に感銘されていた。これは尊いことだと思うし、こんな瞬間って実生活のなかでなかなかな体験だと思う。この自由感を皆さん見に来ていただきたいな。