2019年10月7日月曜日

10年分のブログを久々に・・

ほぼ1年ブログをご無沙汰していました。
Facebookの手軽さと見てくれるお友達の反応でそちらに気持ちが行っていましたが、久々に自分のブログを開いてみて やはりそれなりに物事を考えて書いていたと気づき こちらもちょっとづつ続ける気持ちです。
久々にここを開くきっかけは ある展覧会に自分のプロフィールを提出しなくてはならなくなりましたが ちょっと前のことも記憶があいまいで なかなか書けなかったのです。
過去を振り返るのも少し鬱陶しいと思って自分のブログを改めて読むことなど嫌っていたのですが まあ仕方なくページを振り返ってみれば それなりに考えて書いていて 我ながらこれに意味を感じ取ったのでありますよ!(Facebookでは深まらない何かがあるかな・・)
2009年から書いていたのですが 書いている内容は 当時地元飯田での美術界の権威主義に対し何とかしたいということが多かったですね。その後「現代の創造展」(飯田市美術博物館と美術団体、美術家の会の共催)にコンテンポラリー部門ができて知らぬ間に抵抗勢力(?)がいなくなってしまった。そして若い人たちはそんなことがあったなんて感じることもなく なにやら独特な作品を発表しだした。・・これも年を取ったということか。
それから 時々気にしていたのが 原発問題だ。深い考察があるわけでもないが、私たちが育ってきた時代と時を同じくして 原子力発電は展開されていった。一時は電気の必要性に怖いけど 無暗に反対するのもどうかなーと思うこともあった。(バブルのころか・・)しかし福島であんな惨事が起こり 多くの人の故郷が消失した。やはり無理なんだと思った。廃棄物だって行き場がないではないか。なるべくはやくなくすべきと考えるようになった。そうしたら今度は関西電力の不祥事だ!一番慎重に考えたいときに 金で事を進めていってしまう。そして合意なきgo! である。誰がその後を責任取るのか?どこか第二次大戦突入に似てはしないだろうか?
僕たちの世代は原子力と並走しているのだ。考えないわけにはいかない。
故郷とは母と同意語なところがある。「お前がどうあれ 私はおまえを信じるよ」といった響きだ。それをいつの間にか奪い 責任者が責任を取らないなんて ・・・否。
長々と書き始めましたが、本日はここまで。


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