2011年1月22日土曜日

タクラマカン


親しくしている額やさんのタクラマカンが昨年の暮れで10周年になったという。そうか...と感慨深い。10年前 彼と彼の友人たちと知り合ったことは、私にとってとても救いだったことを思い出す。バブルがはじけたころ 私は田舎に帰ってきて親戚の会社に勤めていたが、何をやっても八方塞の感から抜け出せずいいた。



阪神大震災から16年が経つとテレビが17日に伝えていた。ちょうどそのとき私は飯田美術博物館の市民ギャラリーで初めての個展を開いていた。滋賀から来た友人と楽しく飲んだ翌朝あわてて帰っていった。



その後 自分の絵の方向性や、生き方のようなものが、田舎の暮らし(伝統的で保守的な)と どうしても合わなくて 自分が縮んで行くような感覚になっていたと思う。



たとえば絵を額に入れたいと思っても、シンプルで斬新なものなど見つけることができなかった。自分でやっても思うように行かなかった。あきらめ半分でパン屋さんでもらったチラシに電話したのがタクラマカンだったのを今でも覚えている。



画一的な暮らしでしか、生きていけないと思っていた田舎で この若者たちは(当時のタクラマカンとその友人たち)貧しくても自分のオリジナルの息をしている!と感動したのだ。



あれから10年 増築もして風格も出た。もっと世の中の画一化と戦ってもらいたい。エールを送らざるを得ない。

2011年1月4日火曜日

卯


年末年始の天気は予想に反してよく晴れた。


近くにある天満宮に 詣でる。


森のにおいをいっぱいに感じて帰宅。よい年になることを祈願したが さてさて仕事をどんな感じで入っていきましょうか・・・緩んだ気持ちを締めていかなくては。

2010年12月29日水曜日

三遠南信展


この日曜日(26日)で今年最後の展覧会が終わった。三遠南信展の飯田展は珍しく雪に見舞われて、週末にこちらに来られた浜松、豊橋のかたがたはびっくりの様子だった。主催者のギャラリー風蘭の吉田さんは、道で転ばれたよう、・・・大丈夫だったかな。5時に市民ギャラリーをみなで和やかにかたつけて一まず終了。

今回で3回となるこの展覧会は吉田さんの全面的バックアップで行われている。明るい性格と、飄々とした感じでみなをひっぱってくれて、なかなか得がたい展覧会になってきていると思う。また三つの土地柄も微妙に出ていておもしろい。妻曰く“ヘリコプターや夜の蝶は 飯田の人のモチーフにはならないね。”

2010年12月19日日曜日

クリスマスプレゼント

ヨーロッパから素敵なプレゼントが届いた。なんと 先月ドタバタしながら応募したブルガリアのミニ絵画コンクールで賞を頂いたのだ!



まずは英文のメールが届き、International painting & mixed media competition 2010 がオープンしたという告知があった。その日は『あー何人もの人が参加したんだなー』と言った程度でメールを閉じてしまった。翌朝 賞のことも気になってもう一度そのHPhttp://www.lessedra.com/ipmmc_list_accepted.phpを見ることにしたら、昨日気がつかなかったPRIZEのページがあった。クリックしてみると なんと私の名前があるではないですか。


高校受験で試験中 気持ちが悪くなって、保健室で試験を受けて やっとやっと高校に進んで以来、コンクールやら試験というのは 苦手というしかなかった。芸大受験も何度もだめだったし、車の免許にいたっては一生仮免のままかと思うときがあった。県展とか団体展からも選から漏れた。賞とは縁がないものと感じていた。


だから人が褒めてくれることこそが その人がくれた賞だと思うことにしていた。買ってくれれば賞金が付いたと考えることにした。こんな価値観が多様化している時代に賞などあまり意味を見出せない、とも考えていたのだ。・・・


しかし 北風と太陽の旅人のように、私の筋肉は不覚にもふにゃふにゃと緩んでしまった。


私を支えてくれた人たちに知らせると みんな大きく喜んでくれた。やっぱりうれしかった。頑張ろうとおもう。

2010年12月16日木曜日

創画展


上野に創画展を見に行くことにした。
しばらく前に平面領域展の原氏から電話があり 地元出身の宮島弘道氏のギャラリートークがこの日あるということを聞いていたからだ。
都美術館が建て直しになり ここで行っている公募展団体が2年間いろいろなところで開催しなくてはならなくなったようだ。創画展もそのため 上野の森美術館での開催になった。
会場はそんなに広くないので 大きさが100号までと制限されていたようだった。大きさが抑えられていることは 実はぼくには好感が持てた。見る人を圧迫してきて疲れるという感覚を 大作ばかりの展覧会は感じるから。

さて、宮島氏の作品はやはり素晴らしかった。表現の領域を自分の中で規制してないので、見ていて気持ちがいい。思わず心の中で にやりとしてしまう。こういう作品にはそうは出会えないのでうれしかった。

自分の中途半端な姿勢に活を入れてもらった気がする。

2010年12月4日土曜日

多様性の世界


CAF.N展の後思った。一口で『多様性の世界』といってもなかなか理解できないことが多い。いろいろな生き方や考え方をそれぞれ認め 尊重しようというものだ。しかし たとえば北朝鮮を認めるのかとか イスラムの原理主義を認めるのか わたしにはわからない。
では反対に一つの価値観が世界を包んだらどうだろう。便利そうだがとても怖い。たとえばお金、普通に働いて暮らしていたら 突然会社の仕事が減って失業者となる。普通の暮らしを脅かされたのだ。去年の暮れに起こったリーマンショックだ。リスクを取って暮らしていたわけではないのでまったく理不尽な事といえるだろう。お金に重きを置かない価値観で暮らしていたらさして動揺しなかったかもしれないが 暮らしには最低限の金が要る。お金とは物事の価値をデジタルで表示することだ。だから怖い。中国の米作り農家も カリフォルニアの大規模米作りも 中途半端な米作り人の私も同じ土俵で値踏みされる。現実だ。
こうしたグローバル化は巨大なモンスターのようだ。小さな価値観を次々に食い滅ぼしていくような感じがする。かつては近代化という美名で。
やはり多様性の世界を守っていかなければいけないのだ。アートはそれを主張する。
このごろの新聞にはTPPとか 私の会社ではISO取得とか 日常的にモンスターに飲み込まれつつも、
オリジナルの暮らしを創造していかなくてはいけない。

2010年11月30日火曜日

耕す


米作りの工程の中で私がもっとも好きなのが この時期の田おこしだ。おこしと書いてさて漢字はどんななんだろう?起こすかな・・土を起こすから。 要するに耕すことなんだが・・・

刈り取りの終わった田んぼにトラクターでロータリーをかける。疲れた土に刻んだ藁と空気を混ぜいれ ふっくらとさせるのだ。

幼児の乗る三輪車のような速度で田を進む。歩くより遅いのだ。ちょっと日常のリズムと違う。実はそこがいい。初冬の景色を眺めいろいろ思いながら耕す。そのうちにいろいろな思いも消え、湿った土の黒さと枯れた藁のベージュ色を見るだけになる。なぜか豊かな気持ちになるんだ。

ボーっとして いつのまにか曲がっているトラクターにハッとする。耕された土の上で餌を探していたカラスに笑われたかな。