2015年9月25日金曜日

Japan & Chiapas art exchange exhibition 2015 (Mexico)

昨年から計画が始動してきたメキシコでの展覧会がいよいよ来月に迫った。パンフレットも出来上がり気持ちはもはやテキーラ・・と行きたいところではあるが 現実はそうはいかない。
そもそも参加を二つ返事で決めたはいいが 先立つもののことを考えていなかった。やむなく作品だけの参加となったのであるが、作品を送ることもそう簡単なことではなかった。昔イタリアから帰るとき在学中の作品を業者を通して送りその後目玉が飛び出すような費用を請求されたことを思い出した。 今もそう変わらない状況であった。
何かいい方法はないかと一年間の試行錯誤を経て  掛け軸風の形態にたどり着いた。太いながら巻いて メキシコに持って行ってもらうことにしたのだ。同行の右近さんお世話になります!
この展覧会は そもそもメキシコ チアパス在住の画家花藤氏
と交流を続けこられた作家の渡辺久美子さんが交流展委員会を立ち上げ  その後評論家の赤津氏が作家を集めたもの。私も末席を汚すこととなった。
海外との美術交流は作品の移動がいつも問題でなかなか展開していかない。(それに引き換え、版画系は丸けて送れると言うメリットを生かして積極的に展開している。知り合いの版画家たちは いつも海外展の話をしていてうらやましいよ。)
さて、メキシコ画家たちはどんな仕事をしているのかな。渡辺さん、右近さん、赤津さん!・・・土産話が楽しみですよ。それとテキーラ?。

2015年9月14日月曜日

土蔵

 
 
 
赤土講座で「自分の中を見つめて言いたいことを見つけ出しましょう」なんて言ったら受講生の一人に「訳わからないです。」と言われてしまった。
確かに「自由に描きましょう」とか、「自分に素直に!」なんていきなり抽象的なことを言われても 具体的に手は動かなくなってしまうのかもしれない・・・
困り果てて1日目の帰り道 土蔵の解体現場に出くわした。
そうだ!わたしは土壁が好きで あの感じを表現したかったんだ。絶対忘れてはならなかったを思い出した。
あの土の厚み、色の深さ、造形の圧倒的な存在感。トーンの味わい・・・
思わず写真をバシャバシャと取り始めていた。
もし、受講生の方が土蔵や土壁が好きだったら きっと同じ感覚を持つに違いない。明日は土蔵の土壁の良さを再現してみようと言うことにした。
同じ気持ちになってくれるかなー

2015年9月8日火曜日

赤土と麻袋を使って表現する講座

9月12日と13日の2日間飯田市の創造館で赤土を使って自由な表現にチャレンジする講座に私が講師としてチャレンジすることになった。
私には伝えるべき技術など何一つない。それを伝えたいのだけれど可能だろうか・・・。
なぜ水彩やアクリル、粘土、油絵具などありとあらゆる表現技法が世の中にあるのに あえて 赤土なのか?そこのあたりのことを考えてもらいたいというのが、私の今回の目的だ。
あまりに素朴で融通の利かないこの素材に心素直に対峙してもらいたい。泥をぺちゃぺちゃ捏ね回してもらったり わーっと叩きつけてもらってもいい。泥と布をめちゃくちゃに画面に貼り付けてもいい・・・
描写でもなく  どこかで見たことのあるような絵ではないオリジナルな何かを作ってもらいたい。自分の理性のコントロール外の何かに触れてもらいたいと考えているのだ。
いきなりそれは難しいかな?・・・・チャレンジですね。

2015年8月31日月曜日

jazz美山晃大コンサート

 
展覧会が終わりいつもの生活に戻る前にジャズコンサートある。今回の三人展は不義理の続いた高校同年生の多くに再開した。気詰まりな感じは最初だけでその後は親しく話せるようになったのもうれしいことだった。さて、その中の美山君もその一人で この日のコンサートに私を呼んでくれた。それも絵をステージに展示してくれるというものだった。彼は昔からジャズピアノの名手で文化祭のヒローだったなー。
かねがね抽象画はクラシックやジャズにとても相性がいいと思っていたのでこのチャンスはとてもうれしかった。取敢えず簡単に展示できる作品を持っていったのだが・・。
写真は展示してコンサートのリハーサルを見ているときのもの。果たして彼らの空気にどう調和してくれるのかこの時の私は不安でいっぱいだった。
夜の7時を過ぎたころ コンサートは始まりすぐに熱気に包まれた。盛況そのもの、70人を超える人たちで立ち見客もいるほどだ。
休憩に涼を求め外に出ると、ステージの絵が素敵だと言ってくれる人がいた。「あー よかった・・!」やっぱり音楽との相性は悪くないんだ。同期生美山晃大氏のピアノの素晴らしさに感動しながらも 音楽とのコラボの可能性に喜びを抑えられなかった。
そして もう一つ付け加えれば地方も文化の蓄積の時代に入ったんだと感じ うれしい夜だった。

後日美山氏から送られてきた写真は ひょっとして かっこいいじゃん!

2015年8月28日金曜日

3人展終わる

高校の同期生がこの展覧会をまるで45年ぶりの文化祭のように思って応援してくれて 初日から人が絶えなかった。在学中に話したこともないような人にも親しく楽しく盛り上げてもらった。オープニングパーティーではミニコンサートのような演奏もあり懐かしさが噴き出した感じであった。
私としては 陶芸の展覧会と同会場でやるのも初めてだったので、来場者の「かわいいー」とか「素敵-」とか言う反応の強さにほんとうに驚いた。もちろん樽沢君の作品の良さもあるのだけれども実用性のあるものは実感がが強いんだな。・・・その点絵の良さとは何だろう。単なる部屋のアクセサリではない何か特別なメッセージがそこには必要だと思う。
私はその点がちょっとかもしれないが伝わった気がしてこの展覧会を喜んでいる。
それから伊那谷の風景をじっくりと描いた手塚君にも目を見張った。いつの間にあんなに描いたんだろう、今どきの教師は拘束時間が長いのに。相変わらずオーソドックスな姿勢だ。私の知っている彼の内面はさしてオーソドックスとは思えないのに・・・
今回とてもうれしい話の一つが、同級生の中に中村壁の家があったことだ。私の絵の話を聞いてひょっとしてうちの壁も中村壁かもといって見せてくれたのだ。飯田の大火(戦後まもなく)の後建てたらしいその家は柔らかい優しい赤い内壁で お父さんの位牌らしいそのうしろには高村光太郎の軸がかかっていた。東京に住むその友人は時々来て部屋の空気を入れ替えるのだそうだ。夏の終わりのしつこい暑さも家の中は涼しい風が流れていた。帰ってきたらまた連絡しようと言って別れた。


2015年8月19日水曜日

明日からいよいよ3人展

暑さに負けてダラダラと過ごす夏も 百日紅が咲くといよいよ緊張感が漂い始める。展覧会の季節の始まりだ。
早速明日からは 高校時代の美術班3人組の展覧会が始まる。この展覧会はなぜか心がざわつく思いを消せない。なぜか?・・・18歳の我々は『芸術家』を目指さし石膏室にした。そして、芸大受験、浪人生活、・・・その辺りから少しづつ方向性が異なっていき、芸大生を経て、陶芸家となった樽沢。プロの技と迫力を感じさせれくれるに違いない。
信州大の教育学部を出て、教師の道を歩んだ手塚。落ち着いた日々の暮らしの目線からとても美しい絵を見せてくれるだろう。
私といえば なんとか美術に食らいついていこうとイタリアに学び、その後工場勤めをしながら土の絵を描き続けた。現代美術のジャンルと言っていいのかその道はなかなか食っていくのに険しくて 中途半端そのものだ。
40余年を経て一同にそれぞれの作品を並べるということは、取りも直さずそれぞれの歩んだ道を公に発表しあうということなのだ。
そして、終着点ではなく、至らないところを感じあい、自分の道を進み続けなくてはならないのだ。・・・それはどうしようもないことだ。


「そんなことはわかりきっているよ!」と二人に叱られそうだから、そっと自分で決意して 鏡を見た今朝だった。

2015年7月31日金曜日

アートをめぐる3人展

前々回のブログで少し触れたのですが、高校の美術班のメンバーが40年の時を経て、地元で3人展を開催できることになりとても嬉しい、 手塚君の発案に感謝。そして同級生のご協力にも改めてありがとうを言いたい気持ちである。
案内状を準備しながら 少しづつあの頃を思い出す。芸大合格をめざしデッサンをまじめにしていた樽沢君、そういえば文化祭のシンボルタワーにも力を注いでいたな。美術だけではなく文学的素養を持って絵に取り組んでいた手塚君、批評眼はあの頃も素晴らしかった。私は取り組むべき芸大受験もなかなか打ち込めなかったが、アートが全てだとだけは考えていた。若気の至りだ。
40年はそれぞれの道にそれぞれの重みを持って過ぎていった。つくばで窯を持つ陶芸家樽沢、教職を経て日本画家として本腰を入れ始めた手塚、そして私は相も変わらずアートがすべてと思いつつも現実は会社勤めの日々であった。やっと定年が過ぎ絵描きの暮らしだ。さてさてどんな展覧会になるのだろう・・・そして第三者にはどんな意味になるのだろう。人生に対する考え方が 高校のころから漠然としながらも少しづつ異なっていた。それがある形になっているのだろう。とても怖いが 見てもらえることを良しとする余裕らしきものが この年になるとうまれる。余裕というより諦めなのか・・・
同級生はもちろん多くの方々、ご高覧を!
そして人生を語ろう・・・・・・・・・8月20日木曜日から25日火曜日まで。終日私は在廊の予定です。
オープニングパーティーは初日5時半から。